ワイナリー紹介 続き
● ステファン・オジェ Stéphane Ogier
コートロティのトップ生産者として有名なステファン オジエはヴィエンヌ・セイシュエルの地でもラーム・スール L’ Âme Soeur というワインをつくります。この地に3.5haの畑を所有。本人が「とても女性的なワインができるテロワール。個人的に大好きだ。」というだけあって、パワフルなコートロティとは一線を画す上品でピュアな赤ワインです。
これ以外に、ヴィエンヌ市内の古代劇場の丘ピペPipetを開墾し、ワインを生産するプロジェクトが進んでいます。ヴィエンヌ市から土地を借り、ステファン・オジェとピエール・ジャン・ヴィッラ(後述)がジョイント。ワイナリーは Le domaine de Pipet。ヴィエンヌ市長自身「昔そこがブドウ畑だったとは知らなかった」と言う南向きの急斜面。どんなワインが出来上がるのかとても楽しみです。ワインは2024年ミレジムから瓶詰めされます。
ステファン・オジエは農家の7代目として生まれます。父ミッシェルはワインよりも果樹栽培を主な仕事としていて、ブドウは長らく協同組合に納めていましたが、1983年にコートロティの瓶詰めを開始。当時6歳で父の瓶詰めを見ていたステファンは、ワイン生産者の道を志します。ボーヌで栽培と醸造のBTSを取得した彼は、1997年親元に戻りドメーヌを継ぎます。世間の耳目を集めたのは、ステファンの母の名前を冠したスペシャル・キュベ、コートロティ ラ ベル エレン Côte-Rôtie La Belle Hélène 1999 が、アメリカのワイン評論家ロバート・パーカー100点を獲得したからでしょう。1999年がコートロティ屈指の良作年だったことは確かなのですが、1997年に実家に戻ってすぐのこと。彼の力量を世界に知らしめることとなりました。本人は「俺はジャーナリスト向けのワインをつくっているんじゃない!」とその時分言っていましたが、結局このワインは2009年や2010年でも同じ点数を獲得し、彼の地位を不動のものにしていきます。
1997年に実家をワイナリーを継いだ後、少しづつブドウ畑を増やしていきます。コートロティだけでなく、サンジョセフやコンドリューのワインが加わり、今では40haの規模で、有機栽培への移行。2015年以降、本格的に畑名入りのコートロティの生産が始まっています。
● ピエール・ジャン・ヴィラ Pierre-Jean Villa
近年北ローヌだけでなくあちこちで名前を聞くピエール・ジャン・ヴィラ。彼もエスプリ・ダンタン ESPRIT D’ANTANという赤白ワインをセイシュエルでつくっています。赤はシラー100%、白はヴィオニエ100%。
ピエールジャン ヴィラもまたワイナリーの跡取りではありませんでした。父はスペイン系のサッカー選手で、ピエール・ジャン自身も子供の頃はサッカー三昧の生活だったそうです。父のようなサッカーの才能に恵まれなかった彼ですが、生まれ育ったのがAOCコンドリューのシャヴァネ CHAVANAY村で、イヴ・キュイロンと幼馴染だったことが彼の運命を変えていきます。イブ・キュイロンの仕事を手伝った後、1992年ブルゴーニュに渡ります。モメサン社で、グランクリュのモノポール:クロ・ド・タールの販売責任者。モメサン社がジャンクロード・ボワセに買収された後は、当時パスカル・マルシャンが率いていたドメーヌ・ド・ラ・ヴージュレの販売にも関わります。
2003年、ピエール・ジャンはブルゴーニュを離れ、生まれ故郷の北ローヌに戻ります。イヴ・キュイロン達のワイナリー:ヴァン・ド・ヴィエンヌの責任者になったのです。彼は生産からワインの販売まですべてを担当するだけでなく、イブ・キュイロン達同様ヴァン・ド・ヴィエンヌの共同オーナーにもなりました。2009年全てを辞し、完全に独立した自分のドメーヌ・ピエール・ジャン・ヴィラを立ち上げます。コートロティ、サンジョセフ、コンドリュー、クローズ・エルミタージュ等を生産。今では17haの規模になり、2020年には有機栽培の認証を取っています。彼のワインのスタイルも変化しています。ワイナリー立ち上げ初期の新樽を効かせたスタイルから、テロワールを重視するためにフードル、ドュミ・ミュイ、ジャール等を多用するスタイルになっています。
彼は、ルーションのマス・アミエル MAS AMIELやボルドーにシャトーを持つオリヴィエ・ドゥセル Olivier Decelleと組んで、ブルゴーニュに進出(旧ドメーヌ・ドゥセル・ヴィラ Domaine Decelle-Villa、現ドメーヌ・ドゥセル・エ・フィス Domaine Decelle & fils、ピエールジャンヴィッラは既にここから撤退)。北ローヌでもサンジョセフ、コンドリュー、コートロティを11ha持つ ドメーヌ・ド・ボワセイト Domaine DE BOISSEYT を2017年に買収。2023年には、買収されたブルゴーニュ、ボーヌのドメーヌ アルベール モロー Albert Morotの責任者になったりと、アクティブに動いています。
● シャプティエ Chapoutier
北ローヌ中心に多数のワインをつくるシャプティエは、セイシュエル北にある シャス・スール・ローヌ Chasse-sur-Rhône のブドウ畑からワインをつくっています。Paul Lucidi がこのブドウ畑の所有者で、Lucidi & Chapoutier リュシディ & シャプティエ とエチケット上にその名前が記載されています。ワイン名リュシダス LUCIDUSは、ラテン語で「光り輝くもの」の意味。ブドウ品種は、白はヴィオニエ、赤はシラー。収穫後の作業は、タン・エルミタージュのシャプティエの醸造所で行われます。白赤共にシャプティエ・スタイルがよく出たワインです。
シャプティエ Chapoutier のリュシダス LUCIDUS
● エイマン ティシュー Eymin-Tichoux
他のワイナリーと違い、ここはセイシュエル内に本拠地を置く新進気鋭の生産者。Sophie Eymin と Kevin Tichoux の2人はモンペリエで栽培・醸造を学びました。Kevin Tichoux は、ステファン・オジエやピエール・ジャン・ヴィッラで働きながら、2015年セイシュエルにブドウの樹を植え、2018年からは自らのワイナリーに専念しています。果実味主体のアヴァン・プルミエール Avant-première の赤白と、濃厚で長期熟成型の赤ワイン:アレーヌ Arène がフラッグシップ。これらはセイシュエル産のブドウからつくられます。それ以外にもコートロティ、サンジョセフ、コンドリュー等のネゴースワインもあります。自社畑は有機栽培。若手にも関わらず完成度が高いワインが多く、これから先この地にはこの様な新興の生産者が増えていくでしょう。
● クリストフ・ビヨン Christophe Billon
ヴィエンヌを見下ろす5つの丘の1つ Mont Salomon には、シャトー ド ラ バティ Château de la Bâtie があり、街のシンボルの一つになっています。13世紀に建てられたこの城は残念ながら廃墟となっていますが、その周りの急傾斜面にブドウが植えられました。クラシックなコートロティを生産するクリストフ ビヨンが、2009年より赤ワインをつくっています。ワイン名はラ バティ La Bâtie。ローヌ河沿いからブドウ畑を見ることが出来ます。
丘の上に見える建物が、シャトー・ド・ラ・バティ Château de la Bâtie。その建物のすぐ下の急傾斜面にブドウ畑が見える。
注意
本稿のワイン産地:ヴィエンヌ、セイシュエル、シャススールローヌにまたがるエリアは正式な名称が定まっていません。ここでは、ヴィエンヌ-セイシュエルとしましたが、ヴィニョーブル・ド・セイシュエル Vignoble de Seyssuel、テール・ド・ヴィエナエ Terres de Viennae、テール・ド・ヴィエンヌ Terres de Vienneという名称もあります。
なお、フランス・サヴォワ地方のワイン産地セイセル Seyssel と、今回のヴィエンヌ-セイシュエルのセイシュエル Seysssuel はスペルが違います。ご注意ください。
引用文献
André Jullien “Topographie de tous les vignobles connus” (1816 & 1866)
Rolande Gadille ”L’héritage d’une viticulture antique, vignes et vins de Côte-Rôtie et
Condrieu” (1978)
Roger Dion ” Histoire de la vigne et du vin en France : des origines au XIXesiècle” (1959), 邦訳『フランスワイン文化史全書 ぶどう畑とワインの歴史』
2021年12月記、2024年2月加筆修正