フランス、ブルゴーニュ地方を代表するネゴシアン、ブシャール・ペール・エ・フィスと、エティエンヌ・ド・モンティーユ率いるドメーヌ・ド・モンティーユ & シャトー・ド・ピュリニー・モンラッシェに動きがあるようだ。後者は函館にもワイナリーを所有し、日本とも繋がりが深い。
先日、LVMH傘下の週刊経済誌Challengesと、ブルゴーニュの地元新聞Bienpublicがこの件を伝えたが、噂に基づいた不正確な情報だった模様。アルテミス・ドメーヌの責任者フレデリック・アンジェラが2024年5月29日付けで、RVF誌のインタビューに答えている。
ワイナリーの説明
ブシャールペールエフィスBouchard Père & Filsは、1731年、ブルゴーニュのボーヌに創業。当初はネゴシアン専業であったが、1775年にはブドウ畑を入手し、自社畑によるワイン生産を拡大。モンラッシェ、シュバリエ モンラッシェ、コルトンシャルルマーニュ、ボーヌ グレーヴ ヴィーニュ ド ランファン ジェズュといった銘醸畑を所有。世界的に有名なブルゴーニュのネゴシアンであると同時に、現在110haの畑をブルゴーニュに所有している。1995年、創業したブシャール家の手を離れ、シャンパーニュのアンリオ・グループに入った。2022年10月、アンリオ・グループは、後述のアルテミス・ドメーヌと合併した。
アルテミス・ドメーヌ Artémis Domainesは、1993年創立。ボルドー格付け1級、シャトーラトゥールをフランソワ・ピノーが買収したことにはじまる。彼は、フランス屈指の実業家で億万長者。グッチやイヴサンローラン等の高級ブランドを持つケーリング Kering と、投資会社アルテミス Artemisを所有。かつては、百貨店のプランタン Printemps や、家電販売チェーンFnacも所有していた。
アルテミス・ドメーヌは投資会社アルテミスの子会社で、2022年10月以前、下記のワイナリーを所有していた。
シャトー ラトゥール (ボルドー)
ドメーヌ デュジェニー (ブルゴーニュ、2006年頃買収)
クロ ド タール (ブルゴーニュ、2017年頃買収)
シャトー グリエ (コートデュローヌ、2011年頃買収)
ジャクソン (シャンパーニュ、2022年頃買収)
アイズリー ヴィンヤード (カリフォルニア、2013年頃買収)
一方のアンリオ・グループは、2022年10月以前、下記のワイナリーを所有していた。
アンリオ (シャンパーニュ)
ブシャール ペール エ フィス (ブルゴーニュ、1995年頃買収)
ウィリアム フェーブル (ブルゴーニュ、シャブリ、1998年頃買収)
ボー フレール (オレゴン、2017年頃買収)
2つのグループの合併後、旧アンリオ・グループ側で再編が進められている。2023年、シャンパーニュのアンリオは、同じシャンパーニュで二コラ・フィアットを持つ協同組合TEVC に売却。2024年、シャブリのウィリアム・フェーブルは、ボルドーでシャトー ラフィット ロートシルトを擁するドメーヌ バロン ド ロートシルト ラフィットに売却された。
今回のブシャール ペール エ フィス再編に別のドメーヌが関わる。ドメーヌ ド モンティーユである。モンティーユ家はブルゴーニュの古い家系だが、現在のドメーヌ ド モンティーユは、1947年頃、弁護士だったユベール ド モンティーユによってヴォルネイから始まった。当初僅か3haのブドウ畑。その後畑を少しづつ買い増し、1980~90年代、息子のエティエンヌ ド モンティーユに世代交代。彼もワイナリーを拡大した。エティエンヌ ド モンティーユは自らのワイナリー、ドメーヌ ド モンティーユを経営するだけでなく、金融機関Banque Populaire et Caisse d’Epargne (BPCE) が所有していたシャトー ド ピュリニーモンラッシェの責任者を兼務していた。2012年、そのシャトー ド ピュリニーモンラッシェを買収。事実上2つのワイナリーを経営する体制をとっていた。合計で約40haを所有している。
2024年、ブシャールペールエフィス再編の内容
RVF誌のインタビュー等から下記の話がわかる。
- ブシャール ペール エ フィスは、2023年ミレジムを持ってネゴシアン業務を終了。2024年ミレジムからは、自社畑とフェルマージュで借りた畑からのワイン生産に特化する。
- アルテミス・ドメーヌは、サヴィニーレボーヌにあるブシャール ペール エ フィスの生産拠点から、コート ド ニュイの赤ワイン生産約3ha分を、ヴォーヌ ロマネにあるドメーヌ デュジェニーに移転させる。この3haには、ジュブレ シャンベルタン・カズティエ、ボンヌマール、クロドヴージョ、ニュイサンジョルジュ・レカイユ、シャンボールミュジニー・ヴィラージュ等が含まれる。
クロドタールは独立した状態を維持。変更なし。
アルテミス・ドメーヌは、サヴィニーレボーヌにあるブシャール ペール エ フィスの生産拠点から、モンラッシェ、シュバリエ・モンラッシェ等のワイン生産を、シャトー ド ピュリニーモンラッシェに移転させる。コート ド ボーヌの約3分の1のワイン生産がサヴィニーレボーヌからシャトー ド ピュリニーモンラッシェに移転する。新しい醸造施設の建設許可を申請済。2026年には稼働予定。
サヴィニーレボーヌのブシャール ペール エ フィスの生産拠点は引き続き使用。
結果、アルテミス・ドメーヌは、ブルゴーニュに4つの生産拠点を持つことになる。北から、クロドタール(モレサンドニ)、ドメーヌ デュジェニー(ヴォーヌロマネ)、ブシャール ペール エ フィス(サヴィニーレボーヌ)、シャトー ド ピュリニーモンラッシェ。
アルテミス・ドメーヌは、現在シャトー ド ピュリニーモンラッシェを所有しているモンティーユ家との間で、畑・建物の「交換」を行う。アルテミス・グループはシャトー ド ピュリニーモンラッシェを入手し、モンティーユはムルソー、ボーヌ、ヴォルネイのブドウ畑7ha弱を入手する。この交換は、最終段階に入っている。
ブシャール ペール エ フィスは約110haのブドウ畑のうち、ごく一部の畑を売却する。ボーヌ グレーヴの畑のうち単独所有畑ヴィーニュ デ ザンファンジュズに含まれない部分を売却する。また、SAFERからの要請で、1haのボーヌのブドウ畑を地元の生産者に売る義務がある。それ以外にも、110haの中には借りた畑があり、その一部が所有者に返却される。
ブシャールペールエフィスの栽培・醸造責任者フレデリック・ウェバーFrédéric Weberは残留。
モンティーユのHPからシャトー ド ピュリニーモンラッシェに関わる情報が消えている(以前は記載されていた)ので、モンティーユ側がシャトー ド ピュリニーモンラッシェを手放す準備は進んでいる。モンティーユ側から今回の件に関しては一切コメントなし。
画像はシャトードピュリニーモンラッシェに掲げられている建設許可の掲示。Domaine A Ropiteau-Mignon ドメーヌ・A・ロピトーミニョンが、シャトードピュリニーモンラッシェの醸造栽培関連の建物の修理・増築を行う。このドメーヌ・A・ロピトーミニョンは、アルテミス・ドメーヌが所有している会社。2024年2月にはピュリニー・モンラッシェ村役場で許可を得ている。
解説
2022年10月、アルテミス・ドメーヌとアンリオ・グループが合併した際に、ブルゴーニュのブドウ畑には重複する部分があった。例えば、クロドヴージョは、ドメーヌ デュジェニー とブシャールペールエフィスの両方で生産している。そのまま両者バラバラで継続して生産する方法もあるが、「ブドウ畑のそばで醸造することが、高品質のワイン造りにおいては重要」という判断で、統合・再編がなされるようだ。クロドタールはそのまま独立を維持しつつ、南北に長いコートドールのブドウ畑を3つの醸造拠点でカバーする方法論だ。これは品質面では理にかなっているが、その分人員が必要だ。
「何故、自社畑を失ってまで、シャトー ド ピュリニーモンラッシェの建物を入手する必要があるのか?」は、今一つわからない。ムルソーやピュリニーモンラッシェに醸造施設を建てることは普通にできそうだが。アルテミス・ドメーヌは、ボルドーのシャトーラトゥールを母体に始まったので、ブルゴーニュでもボルドー風の「シャトー」が欲しかったのかもしれない。
今回、アルテミス・ドメーヌとモンティーユの間で「交換」が行われるが、両者は過去にも接点がある。前述の通り、2012年以前、シャトー ド ピュリニーモンラッシェの所有者は金融機関で、責任者がエティエンヌ ド モンティーユだった。彼は、このシャトーとブドウ畑を買収し、所有者となったが、買収時に一部の畑は売却した。その時、0.04haのモンラッシェと0.04haのバタールモンラッシェの畑を購入したのは、アルテミス・ドメーヌのドメーヌ・デュジェニーだった。おそらく、この2つの小さなブドウ畑は、シャトー ド ピュリニーモンラッシェに「出戻り」すると思われる。
まとめ
フランスでは、ルイヴィトン、ディオール、KENZO、フェンディを持つLVMHのベルナール・アルノーと、グッチ、イブサンローランを持つケーリング&アルテミスのフランソワ・ピノーは、ライバル関係にあり、しばしば比較される。両者それぞれワイン部門を所有しているが、今回のアンリオ・グループの再編で、アルテミス・ドメーヌのワイン部門は、LVMHグループのワイン部門と大きな違いがあることがわかった。。LVMHグループは、シャトー・シュバルブラン、シャトーディケム、ドメーヌデランブレイ等の自社畑のみの高級ワイナリーもあるが、大きなネゴシアン部門を持つモエ エ シャンドンやドンペリニョン、ヴーヴクリコ、ルイナール、クリュッグを中核としている。有機栽培に拘りがあるわけではない。一方のアルテミス・ドメーヌのワイン部門は、原則自社畑のワイナリーに限定し、殆どのブドウ畑で有機栽培を行っている。規模の拡大もあまり追及していないようだ。
2022年秋にはじまったアンリオ・グループとの合併は、今回のブシャールペールエフィスの再編で幕を閉じるだろう。ブシャール ペール エ フィスは早くから自社畑の取得に務めてきたワイナリーだ。今回シャトー ド ピュリニーモンラッシェへ移転するワインには、150年以上もの間、ブシャール ペール エ フィスの醸造所で生産され、世界中に出荷されてきたものがある。ブルゴーニュ・ワインの歴史に、新たな1ページを刻むこととなろう。
2024年5月31日記
追記 2024年6月末
2024年6月末、アルテミス・ドメーヌとシャトードピュリニーモンラッシェとの間でサインが行にわれた模様。2026年ミレジムから、サヴィニーレボーヌの醸造所からシャトードピュリニーモンラッシェに、モンラッシェ等の高級白ワインの生産を移転する予定とのことだ。
参考資料